9/12/2015

インスリンにまつわる迷信と事実

インスリンの話。ネタ元へのリンクは記事の最後に。


★基礎知識
インスリンは血液中の糖(グルコース)のレベルをコントロールするホルモン。食事を行い血液中のグルコースレベルが上昇すると膵臓がそれを感知しインスリンを放出する。インスリンは肝臓や筋細胞や脂肪細胞がグルコースを取り込むのを促進する。血糖レベルが下がるとインスリンレベルも下がる。このサイクルは一日を通して起こっている。

インスリンは筋肉がタンパク質を新たに合成するのを刺激したり、脂肪分解を抑制し脂肪合成を刺激するといった働きもある。この脂肪合成・分解に関わる働きが、インスリンの悪い評判をもたらし、炭水化物が悪者扱いされるようになっている要因である。この炭水化物悪者説のロジックを簡潔に書くと、

高炭水化物の食事をする→インスリンがドバドバ分泌→脂肪合成が盛んになり脂肪分解が抑制される→肥満になる

逆に、

低炭水化物の食事をする→インスリンがあまり出ない→脂肪合成が抑制され脂肪分解が盛んになる→体脂肪が減る

しかしこの2つのロジックは多くの迷信に基づいている。


★多くの迷信と事実

迷信1:高炭水化物の食事は、慢性的な高いインスリンレベルをもたらす。
事実:健康な人においてはインスリンレベルは食後のみ上昇する。

健康な人においてはインスリンレベルは食後のみ上昇し、その時間帯は脂肪合成が脂肪分解を上回り、差し引きで体脂肪が増える。消化吸収を終えた後、次の食事までの時間帯は、脂肪分解が脂肪合成を上回り差し引きで体脂肪が減る。トータルの摂取カロリーと消費カロリーが同じなら、24時間での体脂肪の増減は差し引きゼロになる。


迷信2:炭水化物がインスリンレベルを上昇させ、それが脂肪を貯蔵させる。
事実:身体はインスリンレベルが低くくても脂肪を合成し貯蔵することが出来る。

例えば、hormone-sensitive lipase (HSL)という酵素は脂肪分解を促進し、インスリンはHSLの活動を抑制するが、脂質もHSLの活動を抑制する。従ってカロリー収支がプラスになれば、炭水化物を摂取しなくても体脂肪は増加する。
(そもそも脂質だけ摂取した場合でも迅速に貯蔵場所に送り込まれるシステムを用意しておかないと、消化吸収された脂質は長時間血中に残り続け健康に害をなすことになる。人体がそんな欠陥システムだったらとっくに進化の過程で滅びてる)。


迷信3:インスリンによって空腹になる。
事実:インスリンは食欲を抑制する。


迷信4:炭水化物のみがインスリンレベルを上昇させる。
事実:タンパク質もインスリンの分泌を促進する。

低タンパク質・高炭水化物と高タンパク質・低炭水化物の等カロリーの食事をそれぞれ摂取した場合、高タンパク質・低炭水化物の方がインスリンレベルが上昇した。

他の研究で高タンパク質・低炭水化物の食事を摂取した場合、インスリンレベルは大きく上昇し、それは血糖レベルの変動とは無関係だった。様々な食材を等カロリー摂取した場合のインスリンレベルの上昇を調べた研究では、炭水化物が含まれていない牛肉や魚を摂取した場合も、インスリンレベルは上昇している。

アミノ酸はグルコースへの変換なしに、ダイレクトに膵臓からのインスリン分泌を促進する。つまりタンパク質摂取によるインスリンレベルの上昇は、糖新生によるものではない。

タンパク質の摂取はグルカゴンの分泌を促進し、グルカゴンが脂肪分解を増やすという説があるが、グルカゴンが人体において脂肪分解を増やすというのは否定されている。タンパク質を摂取するとグルカゴンレベルが上昇するのは、タンパク質摂取でインスリンレベルが上昇しそれにより血糖値が下がり過ぎるのを防ぐため。グルカゴンは肝臓がグルコースを生成するのを促進する。


迷信5:インスリンレベルの急上昇は悪である。
事実:インスリンレベルの急上昇は、ノーマルで重要な生理学的機能に資する。

インスリンが分泌される段階は主に二つある。第一段階では、膵臓が血糖の上昇を感知し、蓄えていたインスリンを1-2分以内に放出、10分以内に終わる。この機能は耐糖能異常の人において損なわれていて、2型糖尿病の人においては完全に機能停止している。第二段階では蓄えの放出と新たな生成を、血糖レベルが上昇している間続ける。

もしインスリンが分泌されないとどうなるか、後ほど糖尿病患者のケースで述べる。


迷信6:インスリン注射をする糖尿病患者は体重が増える、つまりインスリンは健康な人にとっても体重増加の原因になる。
事実:健康な人においては、アミリンがインスリンと同時に分泌される。アミリンは食欲を抑制し脂肪分解を促進する効果を持つ。

アミリンは膵臓からインスリンと同時に分泌されるホルモンで、食欲を抑制し脂肪分解を促進する。1型糖尿病患者はアミリンを生成できず、2型糖尿病患者は機能が損なわれている。Pramlintideという薬はアミリンの機能を模倣するが、この薬は糖尿病患者において体重減少を生じさせることが知られている。

従って、糖尿病患者のインスリン注射は、健康な人の体内でのインスリンレベルの変化による効果とは比べられない。


迷信7:インスリンレベルを下げることは食欲コントロールを改善させる。
事実:インスリンは満腹感にとって重要な多くのホルモンのうちの一つである。


迷信8:ここまで書かれた情報は健康な人に適用される。
事実:肥満や糖尿病の人にも適用される。

血糖コントロールとインスリンコントロールを混同してはいけない。血糖コントロール自体が、以下の食生活が健康に良いことの部分的な理由である、低GI炭水化物を摂取したり炭水化物の摂取量を減らすこと、タンパク質摂取を増やすこと、食物繊維を摂取すること、果物や野菜を摂取すること、加工食品よりもホールフードを摂取すること。

インスリン感受性の改善と血糖値の急変動を避けることによって、インスリンレベルは結果としてコントロールされる。


★乳製品とインスリン

よくある俗説:炭水化物はインスリンレベルを上昇させるので脂肪を蓄積させる

これまで説明してきたように、タンパク質もインスリンレベルを上昇させるし、長期的な体重増減はカロリー収支の問題である。

乳製品は血糖レベルをさほど上げないが、インスリンレベルを大きく上昇させる。実験では、精白パンと同等かそれ以上のインスリン反応を示した。

なぜ乳製品がインスリンレベルを大きく上げるのか。
・BCAAレベルの上昇とインスリン反応が相関。ロイシンは膵臓からのインスリン分泌を直接刺激。乳製品のタンパク質はBCAAの含有率が高い。
・乳製品は、glucose-dependent insulinotropic polypeptide (GIP)の生成を増加させる、GIPはインクレチンでインスリン分泌を促進する。血中に送り込まれる前の消化吸収段階でもインスリン分泌が刺激される。

研究では乳製品の摂取と体重増加の相関は示されていない。コントロール実験でも同様。むしろ乳製品を摂取した方が太りにくいという結果も出ている。もちろん高脂質の乳製品を大量に食べればカロリーオーバーするので太る。


★インスリンが欠如するとどうなるか

「インスリンが無いと高血糖になるのは、グルコースが細胞に取り込まれないため」というのは間違い。

グルコースは輸送体(transporter)によって細胞内に入る。筋細胞と脂肪細胞における第一の輸送体はGLUT-4で、インスリンはGLUT-4が細胞の中から細胞の表面に移動するのを刺激する。細胞の表面でグルコースはGLUT-4輸送体と結合し、細胞内に入る。しかしグルコースの輸送体はGLUT-4以外にも多くある。インスリンなしでも細胞のエネルギー需要を満たすグルコースを十分に取り込める輸送体が細胞内に存在する。

マウス実験で、筋細胞と脂肪細胞のインスリン受容体をノックアウトし、脳や肝臓のインスリン受容体は正常なままにしたら、マウスは糖尿病にはならず正常な血糖レベルを保った。

1型糖尿病の人にインスリン投与を行わないと、血糖値は急上昇する。しかしこれはグルコースが細胞内に取り込まれないためではない。血糖レベルには、血中に放出されるグルコース量と、血中から取り除かれるグルコース量の両方が影響する。絶食時(fasted:食べ物の消化吸収を行っていない状態)のインスリン無し糖尿病患者の体内では、グルコースは肝臓から血中に放出される。肝臓はアミノ酸等からグルコースを生成(糖新生)するか、肝グリコーゲンからグルコースを生成するかしてこれを行う。インスリンはこの肝臓のグルコース生成を抑制する働きをするが、インスリンが欠如していると、身体の状態関係なく肝臓はひたすらグルコースを生成し続けることになる。

またインスリンは肝臓でのケトン生成を抑制する働きもするので、インスリンが欠如していると肝臓は脂肪酸からひたすらケトンを生成し続ける。糖尿病性ケトアシドーシスである。インスリンが欠如していると筋肉と脂肪の分解も抑制されないので、肝臓にアミノ酸と脂肪酸がどんどん供給され、肝臓はグルコースとケトンをどんどん生成し血中に放出する。これが高血糖とケトアシドーシスが同時に起こるメカニズムである。

このようにインスリンは交通整理を行う警官や信号機に似た役割を果たす。交通警官や信号機によって交通の流れが制御されないと交通事故が起きるように、人体でインスリンが欠如するとグルコース生成とケトン生成のサイクルが暴走し死に至る。

2型糖尿病の人の場合、肝臓のインスリン抵抗性と細胞のインスリン抵抗性により、肝臓でのグルコース過剰生成と細胞でのグルコース取り込み不足が起こり高血糖になる。食後の高血糖は過剰生成と取り込み不足の両方が原因で、前者の影響の方が大きい模様。絶食時の高血糖は過剰生成の影響が支配的。


参考記事:
Insulin…an Undeserved Bad Reputation
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-7-insulin-and-thinking-better/insulin-an-undeserved-bad-reputation/

Insulin: An Undeserved Bad Reputation, Part 2
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-10-insulin-physical-activity-and-weight-regain/insulin-an-undeserved-bad-reputation-part-2/

Insulin: An Undeserved Bad Reputation, Part 3…MOOOOO!!!!
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-12-insulin-dairy-products-and-eat-slow-to-eat-less/insulin-an-undeserved-bad-reputation-part-3-mooooo/

Insulin: An Undeserved Bad Reputation, Part 4: The Biggest Insulin Myth of Them All
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-13-insulins-biggest-myth-and-ad-hominems/insulin-an-undeserved-bad-reputation-part-4-the-biggest-insulin-myth-of-them-all/

Insulin: An Undeserved Bad Reputation, Part 5: Addressing the Critics
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-18-insulin-an-undeserved-bad-reputation-addressing-the-critics/insulin-an-undeserved-bad-reputation-part-5-addressing-the-critics/

Insulin, an Undeserved Bad Reputation: The Biggest Insulin Myth, Continued…
http://weightology.net/weightologyweekly/index.php/free-content/free-content/volume-1-issue-19-insulin-an-undeserved-bad-reputation-the-final-chapter/insulin-an-undeserved-bad-reputation-the-biggest-insulin-myth-continued/


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